宗任神社(むねとうじんじゃ)

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御祭神:阿部宗任公・阿部貞任公
平安時代後期に陸奥国でおこった 前九年の役(1051~61年)で源頼義の軍勢に敗れた阿部宗任公を祀った神社
阿部宗任が聞き覚えが無く気になったので調べてみました
平安時代中期の武将。陸奥国の俘囚の長とされる豪族、安倍氏の安倍頼時の子(三男)
鳥海柵の主で、安倍鳥海三郎宗任とも呼ばれる。嫡妻であった清原氏の子として嫡子格の地位にあったと推察する説もある
父・頼時、兄・貞任とともに源頼義と戦う(前九年の役)
一族は奮戦し、貞任らは最北の砦厨川柵(岩手県盛岡市)で殺害されるが、宗任らは降服し一命をとりとめ、源義家に都へ連行された

縁起記に天仁2年、阿部氏の臣松本七郎秀則・息八郎秀元が亡君宗任公の神託により旧臣二十余名と共に公着用の青龍の甲胄・遺物を奉じて奥羽の鳥海山の麓から当地(旧黒の里)来往して鎮齊した
鎮座するにあたって宗任公の霊は、「天の道、人の道を 行くを宗とする意味で宗道と地名を改めれば、人はすこやかに、地は栄えるようになるであろう」と告げる
以来この地は宗道となった

鎌倉時代には、豊田三十三郷幸嶋十二郷の総社として多くの人々から信仰され、地方の豪族小田氏治・豊田将基なども信仰した
江戸時代、三代将軍家光公よ り代々、朱印地五石を与えられる
本殿拝殿寛永年間に家光公より寄進。明治6年4月1日村社に列格
同12年村内大火のため類焼。同17年再建造営。同 42年5月20日(第238号)供進指定。昭和27年8月22日宗教法人設立。 銀杏又アラカシの大木、銀杏や欅、杉、樫などの樹木がしげり、アラカシの森として平成元年に茨城の自然百選に選ばれる

さざれ石

宗任神社(むねとうじんじゃ)
【御祭神】
阿部宗任公(あべむねとうこう)
阿部 貞任公(あべさだとうこう)
〒304-0813 茨城県下妻市本宗道89

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